2026年9月18日

JPYCの「4円」はどこで成立していたのか — Upbit上場日の乖離を実約定で見る

TL;DR — 2026年9月17日、日本円ステーブルコインJPYCが韓国の取引所Upbitに上場し、一時37.60ウォン(約4.1円)まで買われた。分散型取引所(DEX)でも「約3〜6円」が報じられた。ChainAnalyzerがEthereum・Polygon・AvalancheのDEX実約定55,293件を集計したところ、報道された高値は1,000 JPYC未満の小口約定でしか成立しておらず、10万JPYC以上の約定ではEthereum 3.32円・Polygon 3.51円が上限、100万JPYC以上では1.31円・2.98円だった。発行側では、事象前62日間ゼロだったmintが17日21時37分から翌3時23分にかけて7回・124.8億JPYC行われ、そのうち99億は価格がほぼ1円に戻った後だった。乖離の起点・ピーク・収束はチェーンごとに別の時刻で、Avalancheは他の2チェーンより5時間早く収束した。

何が起きたか

Upbitの公告と価格データ(いずれも同社の公開API)によれば、経過は次のとおりです。

  • 9月17日9時48分、UpbitがJPYCとPYUSDの上場を公告。取引開始は12時の予定が15時、18時と2度延期された。
  • 18時に取引開始。始値は12.00ウォン。取引制限は下限のみ(基準8.81ウォンの −10%)で、上限は設けられていなかった。
  • 19時20分から25分にかけて高値37.60ウォン(約4.1円)。
  • 18時44分にKaia・Polygonの入金対応を予告し、19時23分に入金を開始(出金は後日)。同じ公告で、韓国の利用者がJPYCの発行・償還窓口を直接利用するには制約がある旨の注意喚起が入った。

報道によれば、JPYC社は17日20時34分にEthereum、22時19分にPolygonの発行予約を「障害情報」として一時停止し、それぞれ23時43分、翌0時22分に復旧しました。原因は調査中とされ、価格乖離との関係には同社は言及していません。JPYC社の岡部典孝代表は取材への書面コメントで、「JPYC社は発行時に必ず1円を受け取っています。その為2次流通価格に関係なく、償還することができます」と述べています(NADA NEWS、9月18日)。

以下は、この経過をオンチェーンの実約定と発行データで見直したものです。

実約定で見た価格: 高値は小口でしか付いていない

集計したのは、UniswapのJPYCプール(Ethereum・Polygon・Avalanche)で9月17日9時から18日12時(日本時間)に成立した、USD建てステーブルコインとのSwap 55,293件です。価格は板気配や集計サイトの合成値ではなく、各約定の交換比率から算出しました(USD/JPYは155.58円で固定)。

まず、チェーン別の乖離の起点・ピーク・収束です。15分足の出来高加重平均価格(VWAP)で見ています。

チェーン乖離の起点(VWAPが1.20円を超えた最初の15分足)ピーク(15分足VWAP)1.05円未満に戻った最初の15分足
Ethereum17日17:4517日18:30(3.14円)18日02:00
Polygon17日18:4517日19:15(2.92円)18日02:00
Avalanche17日19:0017日19:45(1.39円)17日21:00

EthereumはUpbitの取引開始前、17時45分の足から乖離が始まっています。Avalancheは「乖離しなかった」と報じられることがありますが、19時45分の足で1.39円まで上がり、21時には戻っていました。18日0時すぎの観測なら1.00倍で正しく、時点の違いです。

次が本稿の中心です。9月17日18時から22時の約定を、1件あたりのJPYC数量で分けて最高価格を並べました。

約定サイズ(JPYC)Ethereum件数Ethereum最高Polygon件数Polygon最高
1,000未満1,13517.59円5,27312.04円
1,000〜1万1,44313.98円4,81027.55円
1万〜10万6626.88円3,9599.96円
10万〜100万1053.32円1,0493.51円
100万以上21.31円192.98円

報道された「Polygonで約6.07円」「約4円」という水準は、10万JPYC以上の約定では一度も実現していません。まとまった量を動かすほど、実現価格は1円に近づいています。「1円で発行して4円で売る」は、規模を伴っては成立していなかった、というのがこの表の意味です。集計サイトの高値や15分足の終値には約定サイズの次元がないため、この点は価格チャートからは読めません。

発行側の動き: 62日ぶりのmintと、収束後の99億

ChainAnalyzerの発行体ページ(ログイン不要)で公開している供給データによれば、JPYCの総供給量は7月17日のmintを最後に62日間まったく変わっていませんでした。この間、流通量は9月1日の24.9億から16日の19.0億へ漸減しており、需要には発行済みの未流通分で応じていたとみられます。burnは過去180日間ゼロです。

事象日のmintは7回、合計124.8億JPYCでした(時刻は日本時間)。

時刻チェーン数量tx
17日21:37:59Ethereum5.9億0x12478820…e6fa05
17日21:39:06Polygon13.9億0x192db9bc…147b2b
18日01:19:59Ethereum6.0億0xe71dcaf2…dabfdb
18日03:19:11Ethereum25.0億0xf474ea8a…58d3bf
18日03:20:28Polygon24.0億0x811f1d94…bbaef6
18日03:21:46Avalanche28.0億0x2688ad75…8ddd8e
18日03:22:59Kaia22.0億0xea30e35f…c35e9d

時系列で並べると、次の3点が読み取れます。

  1. 最初のmint(21時37分)は、報道されているEthereumの発行予約停止(20時34分)の約1時間後です。「発行予約」はユーザー向けの手続き、mintはオンチェーンの発行で、レイヤーが違います。両者の関係はJPYC社が説明していないため、ここでは並べるにとどめます。
  2. 最後の99億(3時19分から23分、4チェーン一斉)は、EthereumとPolygonの実約定VWAPが1.05円を下回った2時00分の約1時間後です。当面の需要対応というより、事象前の総供給量(88.1億)を上回る規模の積み増しと読めますが、これは解釈です。
  3. 18日時点のEthereumの流通量12.03億は、事象前のEthereum総供給量11.13億を上回っています。追加のmintなしではEthereum上の需要に応じきれなかったことになります。岡部代表の「発行が急増して夜中に在庫が足りなくなってしまいました」というコメントと整合しますが、「在庫」が何を指すかは同社が明示していません。

もう1つ、プールの使われ方です。事象日にEthereumのUniswapプールを通ったJPYCは約6.9億で、同日のEthereumのmint 36.9億の約19%にすぎません(往復分を含む総額なので、実質はさらに小さい)。流入6.92億に対し流出6.85億と、プールは在庫を溜めておらず、通り道として使われただけでした。新規発行の大半は、この時間帯にはDEXを通っていません。

通り道が細かった理由

1円で発行できるものが4円で売れるなら、裁定ですぐ戻るはずです。実際に戻りましたが、EthereumとPolygonで8時間かかりました。報道で挙げられている要因は、どれも一次市場(発行・償還)と二次市場(取引所・DEX)をつなぐ通り道の細さを示しています。

  • 上場時点でUpbitの入出金はEthereumのみで、Ethereum上のJPYCは全流通量の約7%でした。
  • JPYCの発行は1回100万円までで、短時間の連続申請は認められていません(JPYC社リリース、2026年5月)。
  • Upbitの利用には韓国の銀行口座が、JPYCの発行・償還にはマイナンバーカードによる本人確認が必要で、「1円で発行してUpbitで売る」を一人で完結できる参加者は限られていました。
  • 日韓をつなぐ役割を担ったDEXプールは薄く、上の表のとおり数万JPYCの約定で価格が数倍動く規模でした。

なお、韓国の取引所では8月にユーロ建てステーブルコインでも上場時の急騰が報じられており、JPYCに固有の現象ではありません。

チェーンごとに、別の価格と別の時間軸

同じ発行体の同じトークンが、同じ日に、Ethereumでは3.14円、Polygonでは2.92円、Avalancheでは1.39円のピークを付け、収束もそれぞれ18日2時、18日2時、17日21時でした。公式のブリッジがなく、チェーン間の裁定が一次市場経由になる構造では、ペッグはチェーンごとに別々に維持されます。ステーブルコインを決済に使う側にとっては、どのチェーンで受け取るかがそれ自体リスク要因になる、ということです。

ChainAnalyzerの発行体ページでは、JPYCを含む主要ステーブルコインのチェーン別の総供給量・流通量と、発行・償還イベントを公開しています。チェーン別の供給の動きを追いたい方は、/issuers/jpyc をご覧ください(ログイン不要)。

方法と限界

  • 価格はUniswapのJPYCプールにおけるUSD建てステーブルコイン(USDC / USDT / DAI)とのSwapから、約定ごとの交換比率で算出。USD/JPYは9月17日19時37分時点の155.58円で固定。最高・最安は1件5万JPYC以上に限定した値で、サイズ別の表のみ全約定を使用。
  • KaiaのDEXは本集計の対象外で、Kaia上の価格は観測していません。
  • 発行予約の停止・復旧時刻は複数の報道が一致した値で、JPYC社サイトには告知が掲載されていないため、当社では一次確認できていません。
  • 「参加者」はアドレス数であり人数ではありません。
  • 供給量・流通量は当社の集計値で、他社の公表値とは定義や取得時点が異なります。

本稿は公開情報に基づく分析であり、特定の暗号資産の売買を推奨するものではありません。

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